私と弟2人は小学1年~6年生まで公文に通って「算数」を習いました。
3人とも高校生レベル(L~N)まで進み、引っ越しもあって計3か所の教室に通いました。
私たち姉弟の共通認識として、“公文を習ってよかった” と親に感謝する気持ちは勿論あります。
気付けばクラスの誰より「計算」が早かったし、3人とも「算数コンプレックス」を抱くことがなかったからです。
「算数コンプレックス」がないだけで、勉強に対する抵抗感はグンと下がります!
ですが、私の子どもと弟の子どもたち、誰も公文には通っていません。
親になった今だからこそ感じる成績や成果では計り知れない「公文で得たもの」と「失ったもの」について、まとめてみました。
公文式「算数」のメリット
2020年現在、公文の教室は国内に16,100校あります。全国の小学校が国公私立あわせて19,738校なので、小学校に近い数の教室が運営されています。
これだけ教室があれば、公文を経験した子も相当数いると思うので、「東大生の3人に1人が公文式」は逆に「東大不合格者の3人に1人は公文式」かも(?)しれません。
教科は「国語・算数(数学)・英語」とありますが、最も高く評価されている教科が私たちもやっていた「算数」です。
一般的によく知られる公文式「算数」のメリットとデメリットは、下記のようなものがあります。
- 計算が速くなる
- 学習の習慣が身につく
- 考える癖がつかない(計算をこなしてるだけ)
- 成績が上がらない
- テストや受験に対応してもらえない
- 文章問題と図形問題が苦手になる
これらの解釈はすべて、自宅での学習次第だと私は考えています。
※図形に関しては公文で全くやらないので、他の教材や玩具の利用をオススメします。
経験者にしか分からない本当のメリット
私たち姉弟が実際に6年間通って感じたメリットは、こんな感じです。
- 暗算が得意になる
- 算数への苦手意識がなくなる
- 脳を使うための回路が温まる(頭の準備運動)
- 頑張ればいずれ出来る…が体感(実感)できる
ですが、上記を得るためには当然デメリットもあります。
- 親子関係の悪化
- 成績(評価)には直接結びつかない
- 勉強を日々、強いられている感覚
公文の指導方針について
世間であまり知られていないようですが、公文の基本姿勢は「指導しない」です。
「自分のペース」で「自分の能力に応じた問題」を「自分の頭で考えて解く」が公文の目指す教育方針なので、講師は生徒にあれこれ教えないよう本部から言われるそうです。(公文教室を開いた友人にも確認しました)
- 「自学自習」で進める力を養う(教える側の論理や方法を押しつけない)
- 学びの基盤となる「読み・書き・計算」の修得を最重要視
- 少しでも速く、正解に解けることを目指して「繰り返し学習」を重ねる
- 一人ひとりの子どもの可能性を極限まで追求する
例えば、分からない問題を先生に聞いても「ヒント」はもらえますが「解き方」は教えてもらえません。
そのため、自宅での親の関わり方はとても重要になります。
「繰り返し学習」の効果
1度解き方を覚えたら、ひたすら似たような計算問題を毎日解き続けます。
幼少期の脳は「繰り返し学習」によって、新たに神経回路やシナプスがどんどん作られるので、そのうち何も考えなくても答えがスラスラ書けるようになります。
これを「考える力が身につかない」と批判する意見もありますが…
例えば、水泳選手が泳ぐときに手と足の動きを一掻きごとに意識しないように。
多くの人が自転車をこぐときに右足と左足の順番を毎回考えることがないように。
簡単な「足し算・引き算・掛け算・割り算」を何も考えずに解く力=数の「暗黙知」は、応用問題を解くうえでも絶対に必要な基礎力になります。
計算が遅いと問題を1問解くたびにたくさんの時間とエネルギーを使ってしまうので、国語で言えば「ひらがな」の読み書き、英語の「アルファベット」と同じくらい、計算力は算数・数学に必要な「最低限の基盤」だと思います。
どこの教室に通う?
公文は教室によってかなり雰囲気が違います。
アパートの一室を借りた教室、自宅を開放している教室、マンションの共用スペースを利用した教室、計3か所に通いましたが、同じ「公文」でも教室によってこんなに違うんだ…と子どもながらに驚きました。
そして「学びの意欲」が高まるかは、先生の影響がとても大きいです。
公文の教室を変更するのは(喜ばれませんが)結構よくあることなので、まずは教室の下見(見学)に行くこと。
そして合わない先生の場合は、すぐに他の教室を探すことを強くオススメします。
公文で得たもの
私は小学生の頃に「走る計算機」と呼ばれていました。
上の弟は決して成績が良い方ではありませんでしたが、計算・暗算はきょうだいの中で1番早く、クラスでも一目置かれていたそうです。
小学生が「自分はやれば出来る」と思っているのと、「頑張ってもどうせ出来ない」と思い込んでいるのでは、選べる未来が確実に変わってくると思います。
また毎日コツコツ頑張れば、誰でも実力がつくと知っている感覚は、受験勉強のときにも役立ちました。
とは言え、頑張れるかどうかは結局、本人次第なのですが…(苦笑)
- クラスの中で「すごい!!」と一目置かれる経験
- やれば出来る!と思える自信
- 高校受験は姉弟3人とも数学に救われました~!!
公文で失ったもの
ママ友に、今まで何度も聞かれた質問です。
1番の理由は、子どもたちが「やりたくない」と言っているからです。
ですが本当の理由はもしかしたら、自分の中に残っている「古傷」のせいかもしれません。
取り戻せないもの
私たち姉弟が公文を始めたキッカケは、私の初恋相手のケンちゃんが公文に通っていたからでした。
同じ社宅に住んでいたケンちゃんと一緒の教室に通いたくて、私が母にお願いしたのが始まりです。でも喜んでいたのも束の間…
ケンちゃんは遠くへ引っ越し、本格的に「公文と格闘する日々」がスタートしました。
公文の宿題は親がお願いすると、毎日のプリント枚数を調整できる仕組みがあります。
「同じ月謝で増やせるなら♪」と母が欲を出し、私たちの宿題量はどんどん増えていきました。
1番多いときで夏休みに1日100枚(朝50枚、夜50枚)やりました。
公文のプリントは裏表があるので、実質200枚の計算プリントを毎日欠かさずやるのは小学生にとって「苦行」そのものでしたが…
- 友だちと遊ぶ
- テレビを見る
- ゲームをする
これら全ての条件が「公文のプリントを終わらせること」だったので、私たち姉弟は泣きながらでも公文を解く日々を過ごしました。
それだけやれば、どんな子だって計算が早くなりますよね…
しかも「そんなに嫌なら辞めなさい」と言われると、どうしても「やだ」と答えてしまうのです。
なぜなら、公文を辞めたら親がガッカリすることを、子どもは親に言われなくても知っているからです。
失ったものは、きっとコレ「1つ」です。
ですが絶対に取り戻せない、大切な「1つ」でもあります。
「なんで今日も公文が終わってないの」
「なんでこんな(簡単な)問題もわからないの!!」
そんな風に怒られたときの何とも言えない悲しさの片鱗が、未だに心の奥底に残っている気がします。
私の子どもたちが公文に通っていない本当の理由は、きっと私自身が穏やかに公文を見てあげる自信がないからだと思います。
さいごに
子どもと過ごせる「やわらかくて幸せな時間」は、人生の中でほんの短い期間です。その時間をどう過ごすかは、まさに親次第だと思います。
毎日プリントをこなせば計算は速くなるし、勉強の習慣が身に付くかもしれません。
ですが、それと引き換えに「失っている時間」があるのも確かです。
私たち姉弟の経験が、公文を検討されている方、また現在公文を習われているお子さんの少しでもお役に立てたら、何よりです。